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2015年6月

2015年6月29日 (月)

名曲喫茶「時の回廊」

「音楽喫茶」や「名曲喫茶」「ジャズ喫茶」は昔からの店が相次いで閉店してしまい、今や絶滅危惧種です。
ところが、今年(2015年)に開店したお店を見つけました。お店の名前は「時の回廊」。
Netで見つけて、「新規開店の音楽喫茶・・これは行かなくては」で、行ってきました。

お店に入ると、やや暗い。ダークな内装、落ち着いた色の椅子とテーブル。一瞬で店内を見回して席を決めて・・とはいきません。
フロアはフラットではなく、意図的に段差が付けられた凝った作りです。
「どうぞ、お好きな席へ」・・・でも、席に座るまで少し時間がかかってしまいました。

今風のカフェによくある、明るくて機能的とは正反対で、落ち着いた「スロー」な雰囲気です。
飲み物を注文して店内を見回すと、古い物が置いてあるのに気付きます。
古い楽器(ハーモニウム、コントラバス)、蓄音機(ビクトローラ卓上型)、古い大きなラジオ。
壁には作曲家たちの肖像画やセピア色の写真、それから古い時計がたくさん。木で作られた席の区切りから、何故か蓄音機のラッパが生えていたりします。

「名曲喫茶」なのでクラシック音楽が流れていますが、音量は控えめ。スピーカーも目立たないようにおいてあります。
音楽を「押し付ける」感じでないところが良い。おしゃべりをしていると、難しい顔のマスターがガンを飛ばしたり、といった昔風の「名曲喫茶」ではありません。

音源はLPとCDが1500枚ほどだそうで、リクエストにも応じてもらえます。
音楽を聴きながらコーヒーを飲んでいると、コーヒーが冷めるのが速いこと。時がゆっくり流れるのではなく、そこにいる人がスローになるようです。
気に入ったぞ。2日後にまた行きました。写真を貼り付けようかとも思ったのですが、ぜひ自分の目で見て感じてほしいので、写真はなしです。

メニューはコーヒー、紅茶、オレンジジュース、ジンジャーエールとケーキセット。

難点はウチから車で約1時間かかること。道中はちっともスローじゃない。行きはいいとしても、スローなまま帰るのは無理かなぁ。


名曲喫茶「時の回廊」 岡山県倉敷市下津井田之浦1ー16ー22  ℡070-5522-1622

瀬戸大橋が海を渡り始める所(岡山側)のすぐ下という場所です。海岸の港付近ではなく、山側の少し高い所です。

瀬戸中央道児島ICを出たら右(鷲羽山方面)へ。「右:鷲羽山ハイランド」の三叉路は直進。トンネル先の三叉路を左。急カーブが続く道を少し走ると青色の歩道橋があります。その歩道橋下を左へ。「大型車通行不能」なんてのが立っています。瀬戸中央道のコンクリートの壁に突き当ります。車を停めて歩いてください。
青色歩道橋の方へ戻る。歩道橋付近の階段を上り、古いコンクリートの橋を渡ればお店です。

車がなかったら・・・歩いて行ったこともバスで行ったこともないのですが、調べたところでは

JR児島駅から歩く。鷲羽山への案内標識を頼りに歩くか、「下津井電鉄」跡地の遊歩道「風の道」を歩くか。
「風の道」の「鷲羽山駅」付近です。小一時間かかると思われます。
鷲羽山の展望台側から歩く方法もあるみたいです。ビジターセンターから更に700mほど歩けば、お店の前へ行けるようです。
この道、下津井電鉄が走っていた頃は鷲羽山への「正規ルート」だったのかしら?

高速バス「鷲羽山北」の近くなんですが、岡山・児島からでは(出発地に近いので)乗降不可。四国からならばOK。
路線バスは、下電バス「とこはい号」しかないようです。1時間に1本程度。多分「田之浦港前」下車。
「とこはい号」は http://www.shimoden.net/rosen/rosen/tokohai.html に情報があります。ところで「とこはい」って、どういう意味?

お店の近くにバス停があるのですが、そこに停まるバスは朝1便、夕1便だけ。乗れるものなら乗ってみろ・・って感じです。

2015年6月22日 (月)

CD管理システムを作る気になったのは10年くらい前です。

インターネットはブロードバンドになり、OS は Windows XP、今とあまり変わらない環境になってきました。
ネットで「CD管理システム」などを検索したりしましたが、「これは」と言う物は見つからない。
作ろうかなぁ・・・作ると決めたわけではありませんが、少しづつイタズラを始めました。

まずは仕上がりのイメージを描いて、なんですが、お手本がない。何もない状態で仕上がりをイメージするのは難しい。
作りながらイメージを描いて、修正して、作り直してという事にしました。
このやり方、仕事として作る場合には許されません。何故って、いつ出来るか分からないから。
でも、納期があるわけではないし、出来なかったら、それでもいいか・・・で始めました。

この時点で決めていた事は「リレーショナル・データベース」を使う事、データの共有ができるようにする事、
マッキントッシュでも実行できる事くらいです。

A氏は7000枚、B氏は8000枚のLP、CDを持っています。(こんなに持っている人、本当にいるんですよ)
A氏、B氏がお持ちのLPは、かなり重複していると思えます。データの共有が出来れば、入力の手間が少なくなるし、
手分けして入力する事も可能になります。という事で、「データの共有は必須」で始めました。

リレーショナル・データベース(RDB)を使うと決めたのは、使わずに実現するのは難しいからです。というか、
RDB相当品を自分で作る事になり、それは大変な作業だからです。RDBを使えば、ほぼ自動的にデータの共有も実現できるし。

さて、何で作るか。
VBアプリはMacでは動かないので(あるいは私が知らないだけかも知れませんが)VBはなし。
アクセスもMac版はないようだし、という事でユーザー・インターフェースはブラウザにしました。
Webサーバー、サーブレットエンジンが必要ですが、Tomcat が使えるのでOK。
使用言語は自動的にJavaに決まりました。

Java の開発環境とサーブレットエンジン(Tomcat)をダウンロードして、とりあえず開始しました。
Tomcat を使うのは初めてだったので、いくらか時間がかかりましたが、大きな問題もなく Hello world を動かす事ができました。

さて、RDBを接続しなくてはなりません。最初に試したRDBは Microsoft Jet Engine。
これ、Windows に標準装備でアクセスなどが使うエンジンです。すぐに(ダウンロード、セットアップなしで)使えます。
簡単な表を作って、書込み、読出しなどの動作を確認しました。でも Jet Engine はデータベース・サーバーには不十分なので、
すぐに MySQL に変えました。

さて、ここからが大変。全体的な仕様がない状態で始めたので、とても無駄が多い。
こんな状態で始めてしまったのは、仕上がりの姿がイメージできていないからです。
部分的な仕様を作りながらプログラムを作って、仕様を修正して作り直おして。。。。まぁ、面白いけどね。

作業時間は1日2時間程度、頑張っても4時間くらいしか取れないし、こんな作り方では、何時完成するのか分からない。
先は長いぞ。でも、作った物が意図したとおりに動けば楽しいわけで、遊び感覚で続けてきました。

2015年6月19日 (金)

これまでの経緯など、自己紹介を兼ねて

杉本良夫と申します。リタイヤしたSEです。

パソコン以前の時代
マイコン応用機器のハード設計、ソフト開発(アセンブラ)をやっていました。
この頃の「マイコン応用機器」は、コンピュータと言うよりはハードウエア・ロジックの置き換えが主でした。
今で言うと・・・家電製品の制御みたいなものです。
最初の頃のCPUは8ビット、クロックは 1MHz~2MHz 程度、メモリーは最大でも64キロバイト
メモリーIC1個の容量はRAMが 1k~4k ビット。ROMが 1~2k バイト

CPUもメモリーも高価だったので、安い(遅い)CPUで必要な速度が出るようにチューニングしたり、
ROMに収まるようにシェープアップしたり、何とも涙ぐましい努力をしていました。
でも、この時の経験は、その後大いに役立ちました。

そのうち、CPUは16ビット、32ビットになり、メモリーICもメガビットになりましたが、
仕事の内容は基本的には変わりませんでした。

「楽譜が読める」という理由で、ゲーム機の音楽、効果音なんかもやりました。

当時、まだPCはありません。個人で買えるコンピュータはワンボード・マイコン(NEC TK-80 など)程度で、
到底実用にはなりません。実用になるコンピュータは個人が購入できるような値段ではありませんでした。

レコードの管理については、図書館の蔵書カードみたいなものを作るのを試みました。アルバムに番号を振ってそれをキーにして
作曲家、曲ごとのカードと演奏家ごとのカード、アルバムごとのカードを作って・・・。
でも、あまりに面倒なので、すぐに止めてしまいました。


MS-DOSの時代
ソフト屋に転職。使用言語にCが加わりました。ソフト屋にした理由は、その方が面白そうだったから。

PCを個人で買えるようになり、PC-9801 を買って遊んでいました。OS は MS-DOS。Windows はまだ普及していません。
パソコン・ショップでは「データベース」ソフトが売られていて、「レコードの管理」が出来るかな・・と考え始めていました。
転職先の会社が「カード型データベース」を扱っていたので、「勉強」名目で借り出して動かしてみました。
データベースとは言うものの、Excel の1行が1画面になっているだけ(ではないけど)、といったものでした。
しばらく弄っていたけど、無理。使い物にならない。

SQL が提案され、ANSI 規約になったのもこの頃。Informix, Sybase, Oracle などが出てきて、
「どれを使うか」(もちろん、仕事で)などの話題がありました。必要に迫られて SQL の勉強を始めました。


Windows の時代
Windows95 を買って遊んでおりました。この Windows95、箱にフロッピー・ディスクがたくさん入っていました。
何十枚入っていたんだろう?
それにしても Windows95 は不安定で、しばしば落ちる。愛想をつかして WindowsNT 3.51 に乗換えました。
インターネットはありましたが、電話回線+モデムでした。スピードは最大でも 56kbps 程度。今と比べると3桁遅い。

ソフト屋のつもりだったのですが、何故か「毛色の変わった」インターフェース・カードを設計したりもしました。
仕事で使う言語は、主に C と Java。C++ は Ative-X コントロールを作るために、いくらかやった程度。
VB も使いはしたけど、あまりやっていません。

私のPCも、WindowsNT 3.51 から WindowsNT 4.0、Windows2000 と変わり、音楽の媒体もLPではなくCDになりました。
本業が忙しく、「LP・CDの管理」の事は忘れておりました。


インターネットの時代
フリーの開発環境、本格的なデータベースが入手できるようになりました。インターネットもブロードバンドになり
大きなファイルもダウンロードできるようになりました。

CD、LP管理システムを作ろうとしたのは、この頃からです。

というところで、今回はここまでにします。